超革新ひふみ神示

超革新ひふみ神示

ひふみ神示は、金をかけて先入観を植え付けようとする勢力を称賛などしてません。 「神で食うて行くことならん」ともあります。 虚心坦懐に読んでみてください。

超革新ひふみ神示 23~24章

< 23 > 明治維新の嘘

 

私は、織田信長公暗殺の黒幕を

千利休キリシタン大名イエズス会

つるんだ藤原氏、家康などではないかと

考えています。

 

利休の「茶の湯」はカトリックのミサとよく似ています。

弟子にはキリシタンも多くいました。

細川忠興の妻の明智たまも

父親の死後ですが改宗しガラシャと名乗っています。

 

戦中に総理大臣だった(藤原氏近衛文麿の娘を

部下だった細川護貞が娶って生まれたのが細川護熙です。

細川さんが酷い首相だったかと言えば、

そうも思わないし、近衛文麿も、犬養道子さんの自伝などを

読む限りでは、そんなにファッショ的な人物でもないように

描かれてはいますが。インターネット上では、

「アシタノワダイ」というYouTube動画で、

ボロクソに言われてもいます。

そのサイトは良い事を言う事もあるけれど、

おかしな事もあるように見えます。

*個人の見解です。検証のお手数をかけるまではない

かも知れないと私は思っています。

近衛が責任を負いたがらないのも無理はないという方も。

http://kokoroniseiunn.seesaa.net/article/473610675.html

 

そもそもイエズス会は武器商人でした。

「汝の敵をも愛せよ」というイエス=キリスト様の御教えに背いています。

千利休も武器商人でした。

だから大名たちが「改宗」したり、茶室で

密談したりもしていたと考えられます。

本来、家康独特の「朱子学」(ファシズム)を

受け入れる事になる武士たちにとって

エス=キリスト様の御教えよりも

ファシズムや差別主義の方がずっと近しいわけです。

 

室町幕府で最後に実権を握っていたのは

管領・細川家です。

 執権・北条氏が将軍より権力を握っていたのと同様。

それを義務教育で教えていません。

非常にいかがわしい事です。

戦国時代に入る頃に三好長慶に実権を奪われたりはしてますが、

細川本家ではなかった細川藤孝が信長公の配下となっています。

多聞院日記やルイス・フロイスの日本史を読めば、

細川藤孝明智光秀の主君だった事が分かります。

それを隠して光秀がずっと美濃とか越前にいたかのように

言われているのも歴史粉飾と考えられます。

土岐明智氏は1502年には消えているとの指摘もあります。

先祖の時点で土岐氏に背いて
六角氏を頼り近江に逃れていて
光秀は近江で産まれたという説もあります。

また光秀と懇意だった吉田兼見の日記の
光秀の妹・妻木の記述から逆算すると
1540年以降に生まれた事になるそうです。

 

後世の「当代記」によると光秀は1516年生まれですが

フロイスに老人と呼ばれている村井貞勝より年上となり不自然です。

 

仮に1540年生まれとすると

1563年23才 玉(のちのガラシャ)誕生

1569年29才 三好三人衆が義昭宿所の本圀寺を急襲。
 その際の防衛側で信長公記に初登場。

1573年33才 足利義昭36才が挙兵。藤孝、光秀らは織田配下に。

1582年42才 織田軍が四国へ渡海する予定だった6月2日の早朝、
 本能寺の変を決行も、山崎の戦いで秀吉45才に敗れ死亡。

 

明智光秀肖像画は、何才くらいに見えるでしょうか?

普通は出世途上の若い頃のよりも、晩年のが残ってるものですが。

42才ならしっくり来ますが、66才には見えないのではないでしょうか?

 

ちなみに比叡山焼き討ちは

足利義教が行った比叡山攻撃とその後の根本中堂自焼(1435年)

細川政元が行った比叡山焼き討ち (1499年)もあります。
さらに、比叡山自身も他山をたびたび焼き討ちしています。

また、最後は暗殺された足利義輝が、実は暗殺の鬼だった

という話もあります。

こういった事が隠されているのです。

あまりにも恣意的、一方的ではないでしょうか?

 

ちなみに、フロイスの信長公評価や、

秀吉評、光秀評などはインターネット検索すればすぐ出てくるかと思いますが

なぜか「徳川家康」「細川藤孝」「近衛前久」などで検索しても出てきません。

「完訳フロイス日本史」のレビューを見ても「翻訳者・出版社が

多数の章を飛ばして編集してしまったために、本能寺の変以後の

動きがよくわからず」と書いてる人もいらっしゃいます。

 

また、信長公配下だった佐々成政の子孫という

公安の佐々淳行は、「連合赤軍のテロ事件」

重信房子と親の代から知り合いでした。

重信末夫は、四元義隆を通じて佐々弘雄と友人関係でした。

自作自演の茶番・虚構を宣伝しまくっているのではないかと。

 

佐々成政は織田の北陸方面軍の柴田勝家の配下でしたが

裏切って秀吉についています。同じく裏切って秀吉についた

前田利家キリシタン高山右近を匿ったりしています。

 

黒田官兵衛は、秀吉の禁教で改修した事になっているけれど

キリシタンであり続けたという説もあります。

その子孫とされているのが麻生太郎、日銀黒田などですが

麻生太郎は紛れもなく「キリスト教徒」で

ロスチャイルド家と姻戚関係にあります。

 

また・・・2023年6月30日をもって閉鎖された

るいネットというサイトには、

明治維新後、影響力を失ったとされることの多い徳川家であるが、
そうした認識は決定的に誤っている。なぜならば戦前期の我が国が
最も円熟し、新しい大国としての威信を持つに至った1913年から
1933年までの実に20年にもわたる時期において、貴族院の議長を
務めていたのは徳川家達だった」といった事が書かれていました。

 

「一般に幕末の志士たちによる偉業として語られることの多い明治維新であるが、より大きなフレームワークで当時の為政者である徳川家が中心となって行った一大プロジェクトであったというのが事実である。」

「具体的には1862年に派遣された文久遣欧使節がカギを握っている。」

ロスチャイルド家がインターネット上で閲覧に供している歴史文書館(Rothchild Archive)ではこの時、徳川幕府から使節がやって来て会見した旨明記されているのである」

(私は危険だと思うのでそのアーカイブは見ておりません・・。今ですらいろいろな妨害がありまして。)

 

これまたインターネット情報ですが、桜井ジャーナルさんは、こういった話を載せています。

「戦前の天皇制官僚システムはウォール街の影響下にあった。
ところが1933年から45年4月にルーズベルト大統領が急死するまでそのウォール街ホワイトハウスで主導権をニューディール派に奪われていた。
ルーズベルトの死で日米主従関係は本来の姿に戻ったと言える。ウォール街天皇制を存続させようとしたのは当然だ。その体制によって彼らは日本を支配していたからだ。」

「グルーは秩父宮松平恒雄徳川家達、樺山愛輔、
牧野伸顕吉田茂岸信介などと昵懇にしていたが、
中でも親しかったのは松岡洋右

安倍晋三の祖父は大戦前から
アメリカの支配層と親しかったのである。
敗戦後に『転向』したわけではない。」

 

信じられない方もいらっしゃるかも知れませんが

「軍、情報機関、警察、宗教の連携による監視ネットワーク
集団ストーカーの主犯加害者は警察だ!
~by元長崎県警警部補入江憲彦氏(元公安)」

なんて情報もインターネット上には存在しています。

 

※ この辺りはどこまで載せるのか、出版社の編集者様に任せるとして、

私は書きたいだけ書いてみた次第で、もとより全部載せれる可能性は

低いかなと思いながら書いていたりもします。

 

ひふみ神示 第二巻「下つ巻」
第四帖 (四六)
「今度の五十九の身魂は御苦労の身魂ぞ。
人のようせん辛抱さして、
生き変り死に変り修行さして置いた
昔からの因縁の身魂のみざから、
みごと御用つとめ上げて呉れよ。
教会作るでないぞ、信者作るでないぞ、
無理に引張るでないぞ。この仕組 知らさなならず、
知らしてならんし神もなかなかに苦しいぞ、
世の元からの仕組ざから、
いよいよ岩戸開く時来たぞ。」

 

ひふみ神示 第一巻「上つ巻」
第二十帖 (二〇)
「足許から鳥が立つぞ、
十理(トリ)たちてあわてても何んにもならんぞ、
用意なされよ、上下にグレンと引繰り返るぞ。
上の者 下に、落ちぶれた民 上になるぞ、
岩戸開けるぞ」

 

ついでに書かせてください・・・

『かつて自民党の「本流」を占めていた小沢一郎
社会党系の労働組合の「強力な、バックアップ」によって
民主党の最大派閥を形成した事態の源流』という情報もあります。

福本邦雄。東京の画商「フジ・インターナショナル・アート」社長。
それは表向きの顔であり、自民党竹下登渡辺美智雄安倍晋太郎
中曽根康弘宮沢喜一中川一郎等、歴代自民党・超大物政治家達の政治団体「全て」の代表を務めてきた、
自民党の「影の総裁・実力者」である。この派閥も経歴も異なる自民党大物政治家達は、実態的には、福本の「指揮下にある、操り人形」でしかなかった。
この福本が、戦前の日本共産党の指導者・福本和夫の息子である事は、
自民党共産党の「通底部分」を、カイマ見させる。
既報のように、戦前の共産党の伸長を強力に支援したのが、
やがて日本と戦争を行う事になる米国=CIAであってみれば不思議は無い。
同様に、自民党もCIA資金で創立され、動いて来た。
福本親子が、そのCIA資金の対日パイプ役である。
福本が、こうした政治団体監査役として任命してきたのが、野村雄作。
大阪方面で中堅企業60社を支配するコスモ・タイガー・コーポレーションの社長であり、歴代大阪府知事の「お目付け役・相談役」である。」』

 

日本の敵は大本営にあり!

 

ひふみ神示の肝腎要とは、そこです。

大本営反日だから、大本教が弾圧されたりもするし

ひふみ神示も戦中は誰にでも見せるわけにはいかなかったし

「言わねばならず言うてはならず」という

困難な事になっていたわけです。

 

そこが分からない者は役に立たないというのが神示なのです。

 

だから、「一厘の仕組み」なのです。

体制を保守するのが正義という、多数派の思い込みが間違いで

ありのままの事実を直視している少数の「異端」だけが正しいから。

 

ひふみ神示 第十四巻「カ千(カゼ)の巻」

第十二帖 (三六三)

日本の人民 餌食(えじき)にしてやり通すと、

悪の神申してゐる声 人民には聞こへんのか。」

 

「一億玉砕」と言ってますよね。

 

ひふみ神示 第二十四巻「黄金(こがね)の巻」

第八十四帖(五九五)

「いくら古くから信心してゐると申しても

肝腎が判りて居らんと何もならん。よい御用出来ん。」

 

日月神示 第十三巻「雨の巻」

第六帖 (三四〇)

毒にも薬にもならん人民、今度は役に立たんのざぞ、悪気ない許りでは一二(ひつき)の御民とは申されんぞ。あら楽し、黒雲一つ払ひけり、次の一つも払ふ日近し。淋しくなりたら神示尋ねて御座れ、神示読まねば益々判らん事になったであろうが、天国に底ない様に地獄にも底ないぞ、何処までも落ちるぞ、鼻高の鼻折らな人民何んと申しても神承知出来ん。」

 

権力の顔色をうかがい、出世・保身をはかるという発想では

真相は理解できないのです。

 

体制の犬となって異端を虐待するのが正義などと

思っていては神示は理解できないのです。

 

まして麻生太郎を救世主のように崇めながら

「神人」などと称するようでは笑止千万ではないでしょうか。

 

わかっている人の方が圧倒的に少数だから

正論を説く方が邪論の流行に乗るよりも困難なのです。

 

自分の間違いを認めない者が正義だなどという

カルト思想がはびこっているようでは。

 

大本神諭 大正四年旧十二月二日

「昔から立て替えはありたなれど、臭い物に蓋をしたようなことばかりがしてありたので根本からの動きの取れん立て替えはいたしてないから、これまでのやり方は、身魂は総曇りになりておるから、今後は一番に身魂の二度目の立て替えであるから、何につけても大望であるぞよ。これほど曇り切りておる三千世界の身魂を、水晶の世にいたして、もうこの先は曇りのかからぬように、万古末代、世を持ちて行かねばならんから、なかなか骨の折れることであるぞよ。

  これまでの世のやり方は、日本の国では用いられん、外国の極悪のやり方に変わりてしもうておるのを、日本の人民は知らず知らずに、させられておりたのであるから、分からんのはもっとものことであるぞよ。」

 

 

< 24 > 明治天皇すり替え疑惑

ここで、孝明天皇の皇子である睦仁親王

明治天皇は別人であるという説にふれておかねばならないでしょう。

 

はじめにその情報を出したのは、鹿島曻(昇)という人でした。

氏の著書は読みやすくはありませんでした。

その後、明治天皇の孫を自称する方などが現れ、この説を踏襲しています。

 

北朝天皇の系統であるはずの明治天皇南朝正統論者なのは何故?

長州の大砲に怯えていた睦仁親王と、奇兵隊を相手に相撲をとっていた明治天皇は別人ではないか?

大江広元の末裔の毛利が萩で南朝天皇を匿っていて、明治天皇になった。

南朝側の武士である菊池一族の子孫である西郷隆盛は、それを知って長州と協力する事にした、というような話です。

 

そもそもの大前提として、孝明天皇は強固な攘夷主義者だったけれど、徳川慶喜も本音では開国やむなしという意見を持っていた、といった事情があります。

そして、慶喜有栖川宮織仁(おりひと)親王の孫だったので、新しい王朝を創始したい、という意志も持っていたらしいのです。

織仁(おりひと)親王の曾孫が熾仁(たるひと)親王

出口王仁三郎聖師様は熾仁親王の御落胤

出口栄二氏は熾仁親王の公式の御落胤の子。

つまり、明治天皇孝明天皇の子でなかったとしても

北朝の子孫も残っているわけです。

私は、むしろ南朝の子孫は排除されているのではないか?

とすら思っています。

 

ひふみ神示 第八巻「一八十(磐戸)の巻」

第十五帖 (二五一)

「天照皇太神宮様(テンショウコウタイジングウサマ)の岩戸開きは、だました、間違ひの岩戸開きぞ、無理にあけた岩戸開きざから、開いた神々様に大きなメグリあるのざぞ、今度はメグリだけのことはせなならんぞ、神にはわけへだて無いのざぞ、今度の岩戸開きはちっとも間違ひない、まぢりけのない、マコトの神の息吹でひらくのざぞ。まぢりありたら、にごり少しでもありたら、またやり直しせなならんから くどうきつけてゐるのざぞ。何時迄もかわらんマコトでひらくのざぞ。」

 

*ちなみに山口県熊毛郡田布施町には

 天照皇大神宮教(テンショウコウタイジングウキョウ)

 と音読みする教団が実在しているようです。

 1947年1月設立とされています。

 神示の上記の箇所は1945年1月14日となっています。

 

日月神示 第二十二巻「ア火ハ(青葉)の巻」

第十四帖(四八三)

「ダマシタ岩戸からはダマシタ神お出でましぞ、と申してくどう知らしてあろがな、ダマシて無理に引張り出して無理するのが無理ぞと申すのぞ、無理はヤミとなるのざぞ、それでウソの世ヤミの世となって、続いてこの世の苦しみとなって来たのざぞ、こうなることは此の世の始から判ってゐての仕組、心配せずに、此の方に任せおけ任せおけ。」

 

日月神示 第二十巻「ん目(梅)の巻」

*目は実際は絵文字👁です。

第十三帖(四四〇)

「天(あめ)の岩戸ばかりでないぞ、地(くに)の岩戸 臣民の手で開かなならんぞ、誠一つで開くのぢゃ、誠のタチカラオの神、誠のウズメの命殿、御用結構ぞ。ダマシタ岩戸開きではダマシタ神様お出ましざぞ、この道理判らんか、取違ひ禁物ぞ、生れ赤子の心になれば分るのぢゃぞ。今の臣民お日様明るいと思ふてゐるが、お日様、マコトの代のマコトのお日様どんなに明るいか見当とれまいがな。見て御座れ、見事な世と致してお目にかけるぞ、神示読みて聞かせてやれよ、嫌な顔する人民 後廻しぢゃ、飛び付く人民 縁あるのぢゃ、早う読み聞かす神示より分けておいて下されよ、間に合はんぞ、御無礼ない様に致し下されよ」

 

つまり・・・明治天皇は実際「南朝」の子孫だったかも知れないし

ニギハヤヒ朝ヒノモトこそが正統という思想を

お持ちでいらしたかも知れません。

けれど、だからといって睦仁親王明治天皇をすり替えるようでは

やっている事が悪のやり方と同じであり、

結局は悪が権力の座につく事になる、という事を

示唆しているのではないかと思います。

 

本来の皇族だったら何をしてもよいという話ではない、

という事です。

 

天地大宇宙の法則には依怙贔屓はなく、

誰がやらかしても犯罪は犯罪という事です。

 

正統な血筋を権力の座に戻すにしても

騙した岩戸開きではよくないという話ではないかと。

 

右翼思想の特徴である犯罪の正当化や差別、

不都合な真実の隠蔽、粉飾、正論抹殺などを

全否定するのが神示なのです。

 

 

< 巻末付録 血液型分布 >

*第29章が1万2000字近いので、インターネット上ではここに配置してるだけで、

 本来は最後に載せるつもりのものです。

*O型が多くて次にA型が多い地域をOA型、

 O型が多くて次にB型が多い地域をOB型という風に表示していますが、

 ここだけの表現です。
*基本的に地域で分けていますが、地域の傾向と違う特徴の部族は

 【】で囲む事にします。

 

<<世界の血液型分布>>

オックスフォード大学の
The Distribution of Human Blood Groups'76

ただし、調査年の表記があるのは、別データによります。
インターネットで見たのですが、載せていたサイトが消えました。

まだ私の端末がパソコンでなくワープロ等だった頃で、保存できてません。

 

O型
(北米・中南米ネイティヴ
'32 ナバホ族 O型99% A型1%
'58 ホピ族 O型94% A型6%
'62 チェロキー族 O型94% A型4% B型2%
'58 ピマ族(バスク系) O型92% A型8%
'70 ズーニー族(北アフリカ系) O型87% A型2% B型11%
中南米諸国)
ボリビアニカラグア、グァテマラ 90%超 (AB型0%)
ペルー 71%(A型19%)
中南米全般 45~65%(B型6~10%AB型1~3%)
(アフリカ)
ギニア O型64% A型17% B型17% AB型2%
ソマリア O型58% A型26% B型13% AB型3%

 

※ズーニー族を北アフリカ系、ピマ族をバスク系、

 ミクマク族をケルト系とするのは

 バリー・フェル「紀元前のアメリカ」によります。

 

OA型
北アフリカ
アルジェリア O型44% A型39% B型13% AB型4%
(アラビア南端)
'31 イエメン O型56% A型32% B型11% AB型1%
南欧バスク混血のイベリア・ケルト系含む)
アルバニア O型42% A型36% B型17% AB型5%
南イタリア O型46% A型36% B型15% AB型4%
ギリシア O型43% A型39% B型13% AB型5%程度
グルジア O型50% A型36% B型11% AB型4%
アイスランドアイルランドスコットランド
O型54% A型34% B型9% AB型3%程度
'46 バスク人(フランス)O型58% A型41% B型1% AB型0%
'51 バスク人(スペイン)O型47% A型45% B型7% AB型1%
イングランド、オランダ、ベルギー
O型46% A型43% B型8% AB型3%程度
(O先住地にA植民跡)
アメリカ合衆国 O型45% A型41% B型10% AB型4%
'38 ミクマク族(ケルト系)O型62% A型33% B型4% AB型1%
'41 スー族 O型68% A型29% B型3% AB型0%
'58 アパッチ族 O型59% A型41% B型0% AB型0%
オーストラリア、ニュージーランド 米国と類似

 

AO型
(北米・大平原ネイティヴ
'31 ブラックフィート族 O型23% A型77%
'53 ブラッド族 O型17% A型81% B型1% AB型1%
ポリネシア
'38 アボリジニー O型39% A型61% B型0% AB型0%
'46 マオリ族 O型44% A型53% B型2% AB型1%
'66 ラロトンガ島 O型42% A型50% B型6% AB型2%
'69 イースター島 O型33% A型65% B型1% AB型1%
'59 タヒチ O型36% A型58% B型4% AB型2%
'50 ハワイ人(ネイティヴ) O型41% A型53% B型4% AB型2%
ケルト=ゲルマン系)
フィンランドを除く北欧
カナダ
フランス、スペイン、ポルトガル
ドイツ、オーストリア、北イタリア
いずれも O型40% A型45% B型10% AB型5%前後
セム系アラム人、アムル人?)
スイス O型42% A型47% B型8% AB型3%
アルメニアレバノン A型50、47% B型12、13%
(北トゥーラーン=ウラル・アルタイ混血系)
トルコ、キプロス、東欧、イスラエル B増え19%の国も
'40 スファラディユダヤ O型40% A型31% B型19% AB型10%
'40 アシュケナジーユダヤ O型36% A型40% B型17% AB型7%
'68 パレスチナ人(クウェート)O型33% A型40% B型19% AB型8%
ハンガリー(ウラル系)O型30% A型43% B型19% AB型8%
フィンランド(ウラル系)O型33% A型42% B型18% AB型7%
チベット、ネパール、日本 Bが23%程度に達する
'36 チベット O型15% A型47% B型15% AB型24%
'52 ボーティア族 O型18% A型15% 【B型51%】 AB型16%
'31 ウズベキスタン O型31% A型38% B型26% AB型5%

AB型
(北トゥーラーン=アルタイ系南方トゥングース)
北朝鮮 確か韓国と類似だったが「別データ」消失前に記録してなかった
韓国 O型27% A型32% B型30% AB型11%
(アーリア混血アルタイ系テュルク)
'30 カザフスタン O型24% A型29% B型32% AB型15%

OAB型
(北トゥーラーン=アルタイ混血系)
華北 O型33% A型30% B型29% AB型8%
ロシア連邦中央 華北と類似する 
シベリア O型39% A型25% B型29% AB型7%
'27 ブリヤート人 O型30% A型22% B型38% AB型10%
'34 タジキスタン O型37% A型32% B型25% AB型6%
(均等型)
エジプト、イラク、ロシア、華中
O型35% A型32% B型25% AB型8%程度
コーカサス ロシア+グルジア/2程度
O型44% A型32% B型20% AB型4%
その他の旧ソ連諸国 不明
イラン西北 O型36% A型33% B型24% AB型7%
イラン東南 O型42% A型26% B型25% AB型7%
クウェート O型47% A型24% B型24% AB型5%
(OにAB?植民跡)
プエルト・リコ O型47% A型30% B型13% AB型10%
ヴェネズ・エラ O型44% A型37% B型14% AB型5%

OB型
(OにOB植民跡)
ジャマイカ O型51% A型27% B型18% AB型3%
ハイチ O型56% A型20% B型21% AB型3%
カリブ近辺も不明多し
(一部除いたアフリカ全般)
O型40~54% A型21~36% B型17~27% AB型2~5%
他、アフリカは不明地域も多し
(アラビア)
'66 サウジアラビア O型53% A型19% B型24% AB型4%
ミクロネシアニューギニア
'40 カナカ族 O型44% 【A型34%】 B型17% AB型5%
'67 ダニ族 O型26% A型21% 【B型43%】 AB型10%
(マライ・インドネシア
マダガスカル O型43% A型23% B型28% AB型6%
インド中南 O型37% A型22% B型34% AB型7%
スリ・ランカ O型47% A型22% B型26% AB型5%
マレーシア O型38% A型25% B型29% AB型8%
'62 マレー人 O型39% A型25% B型29% AB型7%
スマトラ O型41% A型23% B型30% AB型6%
ジャワ O型37% A型26% B型29% AB型8%
フィリピン、台湾、華南 O型45% A型26% B型24%程度
'52 アエタ人 【O型91%】 A型4% B型4% AB型1%
'39 プヌン族 O型44% 【A型37%】 B型15% AB型4%
'39 ルカイ族 O型51% A型10% B型35% AB型3%
(華南にB?植民)
香港、マカオ O型42% A型25% B型27% AB型6%程度
(南トゥーラーン系)
ベトナム O型42% A型22% B型31% AB型5%
カンボジア O型39% A型23% B型35% AB型3%
'55 クメール人 O型24% A型29% B型39% AB型8%
タイ O型39% A型22% B型33% AB型6%
ミャンマー O型35% A型25% B型32% AB型8%
(北トゥーラーン=アルタイ系モンゴル)
モンゴル O型37% A型22% B型34% AB型7%

BO型
(アーリア混血ムガール=テュルク系)
インド東北 O型32% A型25% B型36% AB型7%
インド西北 O型24% A型21% B型41% AB型9%
'47 ブラフマナ O型32% 【A型29%】 B型32% AB型7%
'47 クシャトリヤ O型31% 【A型27%】 B型33% AB型9%
'42 歌詠・系図作成 【O型36%】 A型20% B型32% AB型12%
'47 会計 【O型36%】 A型20% B型32% AB型12%
'42 葬式業 O型33% A型23% B型39% AB型5%
'47 皮革加工 O型37% A型19% B型39% AB型5%
パキスタン O型31% A型25% B型34% AB型10%
'33 キルギスタン O型32% A型27% B型32% AB型9%
アフガニスタン O型29% A型25% B型36% AB型10%
'52 パシュトゥン人 O型29% A型29% B型32% AB型10%

'52 タジク人 O型30% A型29% B型31% AB型10%
'65 ハザラ人 O型17% A型25% 【B型51%】 AB型7%
'65 ウズベク人 O型29% A型24% B型46% AB型1%
イラン中東 O型31% A型25% B型34% AB型10%
ジプシー(ハンガリー内)O型30% A型25% B型36% AB型9%

 

ひふみ神示 第四巻「天(あま)つ巻」
第一帖 (一〇八)
「五大州ひっくり返りてゐるのが神には何より気に入らんぞ。」

 

ひふみ神示 第十巻「水の巻」
第十帖 (二八四)
「五大洲 引繰り返って居ることまだ判らぬか。肝腎要(かんじんかなめ)の事ざぞ。七大洲となるぞ。八大洲となるぞ。」

 

八大洲(仮)大雑把に。

色  血      州       雛形       部族
黄  OO  中・南アメリカ  沖縄(・台湾?)  マヤ族など

黒 OAB アフリカ・地中海 九州・瀬戸内  黒人・ラテン系

青 AOB ヨーロッパ     山陰・北陸   ゲルマン系・スラヴ系

紫 ABO 西・中央アジア  近畿・中部   アーリア人・テュルク系

赤  AB  北・東アジア    関東・東北   モンゴル系・トゥングース系

橙  OB  南・東南アジア    東海     ドラヴィダ人メラネシア

緑  OA  オセアニア      四国     ポリネシア人縄文人アボリジニなど)

白  AO  北アメリカ     北海道     ナバホ族、イロコワ族、ホピ族など

 

 

<<日本の血液型分布>>
全国の献血者の血液型分布'81より

参考:隈元浩彦「日本人の起源(ルーツ)を探る」

 

O型(中南米・アフリカ・オーストロネシア型)
岩手33.0%
沖縄32.6%
北海道、東北、茨城、千葉は30~31%程度
富山、諏訪、豊橋、神奈川30%程度
九州、中国、四国、岐阜、愛知などは27~28%程度と少ない

 

A型(ケルト=ゲルマン・ヒマラヤ・ポリネシア型)
島根41.3%
熊本41.2%
北九州41.0%
九州全般に40%程度
中国・四国がそれに近い程度
兵庫39.2%
岐阜38.9%
八王子38.7%
豊橋38.6%
愛知38.4%
浜松38.0%
三重、滋賀、京都、大阪、奈良38%程度

葛飾37.8%
福島37.7%
北海道、東北、茨城、千葉、長野、諏訪、沖縄は36~37%程度と少ない

 

B型(バビロニア・ウラル=アルタイ・メラネシア型)
秋田24.5%
諏訪24.1%
愛知23.8%
長野23.3%
静岡23.2%
石川23.1%
北海道、岩手、茨城は23%程度
栃木23.0%
和歌山23.0%
島根は19.9%と少ない

 

AB型は「日本人の起源を探る」では新潟で17.0%となってるのですが、
よく見ると数字が合わないので、10.7%の書き間違いのようです。
日本全国10~11%程度ですが、長崎の11.9%が飛び抜け、沖縄が8.7%と最も少ない。

 

危惧されるのは、東日本大震災後も岩手の血液型比率に大きな異変がないかどうか?です。

 

二重まぶたの出現頻度(「日本人の起源を探る」より)
アイヌ96.8%
奄美諸島84.0%
北海道73.2%
新潟70.4%
三重67.5%
京都66.9%
山形65.8%
奈良58.1%
朝鮮南部42.1%
ここでは京都に丹後を含んでいますが、
日本海側を別にしたら、もっと京都の二重まぶたは少なくなるはずです。
丹波・丹後には二重まぶたも多いそうなので。

 

ひふみ神示 補巻「月光の巻」

第四十八帖 (八三五)
「世界中を泥の海にせねばならんところまで、それより他に道のない所まで押しせまって来たのであるが、尚一厘のてだてはあるのぢゃ。大神様におわび申してすっかり心を改めて下されよ。神々さまも人民さまも心得ちがひ多いぞ。泥の海となる直前にグレンとひっくりかえし、びっくりの道あるぞ。」

 

ひふみ神示 第五巻「地つ巻」

第二十一帖 (一五八)
「今までの戦でも、神が蔭から守ってゐること分るであらうがな、あんな者がこんな手柄立てたと申すことあらうが、臣民からは阿房に見えても、素直な人には神がかかり易いのであるから、早う素直に致して呉れよ。」

 

ひふみ神示 第二十巻「ん目(ウメ)の巻」

第四帖(四三一)

「この神示 食物(くいもの)に仕様とて出て来る者 段々にあるなれど、皆あて外れて了ふぞ、アテ外れて神の目的成るぞ、役員殿ブチョウホウない様に気つけて呉れよ、まつり結構。」

超革新ひふみ神示 もくじ

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