超革新ひふみ神示

超革新ひふみ神示

ひふみ神示は、金をかけて先入観を植え付けようとする勢力を称賛などしてません。 「神で食うて行くことならん」ともあります。 虚心坦懐に読んでみてください。

日月神示 第二十巻「ん目(梅)の巻」1~10帖

*目は実際は絵文字👁です。

昭和21年9月28日(1946年)~昭和21年2月14日(1946年)

 

第一帖(四二八)
今度の建替は敵と手握らねばならんのぢゃ、敵役の神々様人民よ、早う尋ねて御座れ、この方 待ちに待って居るぞ。引張ったのでは、心からでないと役に立たんのぢゃ、此の神示十三の巻からは肚の中の奥まで見抜かんでは、見届けんでは見せて下さるなよ、今にいろいろ身魂集まって来るから十二の巻も申し付けてある様にちゃんとしておいて下されよ。御剣(みつるぎ)の大神、黄金(こがね)の大神、白銀(しろがね)の大神と称へまつり結構結構ぞ、結構致しまつりくれよ、オロチ、九火(キュウビ)、ジャキ、の三大将殿の御力まつりて弥栄よくよきに動くぞ、ひらけ輝くぞ、一火@(ひかり。@は絵文字の渦で「の」と同じ方向巻き。以下同様。)の御代となるぞ。九月二十八日、ひつ九の(〇の中に・。以下同様)。

 

第二帖(四二九)
代へ身魂いくらでもつくりあるぞ、心して取違ひせん様に神の心早う汲みとれよ、九の方の仕組 人民には判らんから、どうなることかと役員も心配なさるなれど、仕上げりうりう見て御座れ、めったに間違ひないのぢゃぞ、うまい口にのるでないぞ、うまい口を今に持って来るが、うまい口には誠ないから、この方 三千世界の御道は誠よりないと申してあろが、真実のマコトは神示読まねば判らんのぢゃぞ。ひつぐの民の家には御神名か御神石か御神体として代表の大神様として、天の日月の大神様 地の日月の大神様と称へ斎(いつ)き祀り結構致し呉れよ、一の宮、二の宮等の祀り天明に知らしてあるぞ。道院殿老祖様は中の宮に、他は道院の神々様として次の宮に結構祀りてよいぞ、いづれも弥栄々々ぞ。九月二十八日、ひつ九の神。

 

第三帖(四三〇)

皆の者 御苦労ぞ、「世界の民の会」つくれよ、人民 拝み合ふのざぞ。皆にまつろへと申してあろがな。まどひつくれつくれ、皆おろがみ合ふのざぞ、まどひのしるしはぞ、おろがみ合ふだけの集団(まどゐ)でよいぞ。理屈 悪ぢゃ、こんな事云はんでも判っておろが、神示読めよ読めよ。十月八日、ひつくの神しるす。

 

第四帖(四三一)
この神示 食物(くいもの)に仕様とて出て来る者 段々にあるなれど、皆あて外れて了ふぞ、アテ外れて神の目的成るぞ、役員殿ブチョウホウない様に氣つけて呉れよ、まつり結構。神が預けてあるものは、あづかった人民よきに取りはからへよ、大き小さいの区別ないぞ、塵一本でも神のものざと申してあろが、塵一本動かすに一々神の心聞いてやって居るとは云はさんぞ、預けるには預けるだけの因縁あるのざぞ、預かった人民よきにせよ、奥山 何処へ移ってもよいと申してあろがな、神の道 弥栄々々。十月十三日、ひつ九の神。

 

第五帖(四三二)

ニニギの命(みこと)お出ましぞ、ニニギとは二二(ふじ)のキの御役であるぞ。神がかりて世界中のこと何でも判る様に思ふてゐると、とんでもないことになるぞ、このままにしてほっておくと戦済んだでもなく、とどめもさせん、世界中の大難となるから早う改心結構ぞ。悪の上の守護神、中の守護神、下の守護神の改心出来ん者はいくら可愛い子ぢゃとて、ようしゃは出来んぞ、愈々天の大神様の御命令通りに神々様 総掛かりぞ。十一月十六日、ひつ九の神。

 

第六帖(四三三)
雨の神、風の神、岩の神、荒の神、地震の神、百々八百万の神々様 御活動激しくなったぞ、人民 目開けておれん事になるぞ、出来るだけおだやかに致したいなれど、判りた臣民 日々おわびお祈り結構致し呉れよ、大峠となりてからではいくら改心致しますと申しても、許してくれと申しても、許すことは出来んから、日本には日本の守護の神、支那には支那、外国には、外国のそれぞれの守護の神あること忘れるなよ。神々様 持場々々清めて呉れよ。御役結構ぞ。十一月十六日、ひつ九の神。

 

第七帖(四三四)

四十七と四十八で世新しく致すぞ、三人使ふて三人世の元と致すぞ、三人を掘り出すぞ。世に落ちてます神々様、人民様を世にお上げせなならんぞ。悪神の国から始まって世界の大戦(おおいくさ)愈々激しくなって来るぞ。何事も清め呉れよ、清めるとはまつらふことぞ。十一月十六日、ひつ九のかミ。

 

第八帖(四三五)
口と心と行と三つ揃ふたら今度は次に ・ 入れて下されよ、 ・ は神ぢゃ、神示ぢゃ、神示元ぢゃ、と申してあろが、三つ揃ふても肝腎の神示肚に入って居らんと何にもならん事になるぞ。九分九分九厘となってゐる事も判るであろが、御用 勇んで仕へまつれよ。目覚めたら其の日の生命頂いたのぢゃと申してあろ、新しき生命 弥栄に生れるのぢゃ。今日一日 神に仕へまつれよ、与へられた仕事 御用ざぞ、生命ざぞ、取違ひ致すでないぞ。七月になると上の人民番頭殿、顔の色 悪うなって来るぞ、八九月となれば愈々変って来るぞ、秋の紅葉の色変るぞ。いくら因縁ありてもミタマ曇ってゐると今度は気の毒出来るから、今度 引寄せられた人民ぢゃとて役員ぢゃと云ふて、ちっとも氣ゆるし出来ん。澄んだ言霊(ことだま)で神示よみ上げてくれよ、三千世界に聞かすのぢゃ、そんな事で世がよくなるかと人民申すであらうなれど神の申す通り、判らいでも神の申す通りにやって下されよ、三千世界に響き渡って神々様も臣民人民様も心の中から改心する様になるのざぞ、世が迫って居ることは、どの神々様人民にもよく判ってゐて、誠求めて御座るのぢゃ、誠知らしてやれよ。何も彼も一度に出て来るぞ、日増しにはげしくなって来るぞ、どうすることも出来ん様に、悪神、悪の人民、手も足も出せん事に、何から何まで、何が何だか判らん事に折り重なって来るぞ、キリキリ舞せなならん事になって来るぞ、キリキリ舞にも良きと悪しきとあるぞ、良きは結構ぢゃなあ、中々ぢゃ。十一月十六日、一二◎。

 

第九帖(四三六)

肉体がこの世では大切であるから肉体を傷つけたら苦しめたら、その守護神は、それだけのめぐり負ふのざぞ、霊々と申して肉体苦しめてはならんぞ、今の人民とっておきの誠の智ないから、持ってゐる智を皆出して了ふから、上面許り飾りて立派に見せようとしてゐるから、いざと云ふ時には間に合はんのぢゃ、上面しか見えんから、誠の事判らんから、神の云ふ事判らんのも道理ぢゃなあ。建直しの仕組 立派に出来てゐるから心配いたすでないぞ、建替延ばしに延ばしてゐる神の心判らんから、余り延ばしては丸つぶれに、悪のわなに落ちるから艮(とど)めの一厘のふたあけるから、目開けておれん事になるぞ、早う知らせる人民には知らしてやれよ、先づ七人に知らせと申してあろがな。十一月十六日、ひつ九の◎。

 

第十帖(四三七)
悪い事は陰口せずに親切に氣付け合って仲良う結構ぞ、陰口 世をけがし、己けがすのざぞ、聞かん人民は時待ちて氣付けくれよ、縁ある人民 皆親兄弟ざぞ、慢心取違ひ疑ひと、我(が)が此の道の大き邪魔となるぞ、くどい様なれど繰り返し繰り返し氣付けおくぞ。時来たら説き出すものぢゃ、親の心察して子から進んでするものぢゃ、その心よきに幸(さき)はふぞ、もの聞くもよいが、聞かんでは、判らん様では幽国(がいこく)身魂ぞ、神の臣民 親の心うつして云はれん先にするものぢゃぞ。世は神界から乱れたのであるぞ、人間界から世建直して、地(くに)の岩戸 人間が開いて見せると云ふ程の氣魄なくてならんのざぞ、その氣魄 幸(さき)はふのざぞ、岩戸開けるぞ。十一月十六日、ひつ九のか三。

 

日月神示 全文

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