超革新ひふみ神示

ひふみ神示は、金をかけて先入観を植え付けようとする勢力を称賛などしてません。 「神で食うて行くことならん」ともあります。 虚心坦懐に読んでみてください。

日月神示 第二巻「下(四百)つ巻」21~30帖

昭和19年7月12日(1944年)~昭和19年8月3日(1944年)

は〇の中に 。環境依存文字

@は絵文字の渦。「の」と同じ方向巻き。


第二十一帖 (六三)
 ・ ばかりでもならぬ、〇ばかりでもならぬ。◎がまことの神の元の国の姿ぞ。元の神の国の臣民は◎でありたが、 ・ が神国に残り〇が外国で栄へて、どちらも片輪となったのぞ。 ・ もかたわ〇もかたわ、 ・ と〇と合はせて まことの◎(かみ)の世に致すぞ。今の戦は ・ と〇との戦ぞ、神の最後の仕組と申すのは〇に ・ 入れることぞ。〇も五ぞ ・ も五ぞ、どちらも、このままでは立ちて行かんのぞ。一厘の仕組とは〇に神の国の ・ を入れることぞ、よく心にたたみておいて呉れよ。神は十柱五十九柱のからだ待ちてゐるぞ。五十と九柱のミタマの神々様お待ちかねであるから、早うまゐりて呉れよ。今度の御役大層であるが、末代残る結構な御役であるぞ。七月の二十四日、一二のか三。


第二十二帖 (六四)
岩戸開く仕組 知らしてやりたいなれど、この仕組、言ふてはならず、言はねば臣民には分らんし、神苦しいぞ、早う神心になりて呉れと申すのぞ、身魂の洗濯いそぐのぞ。二三三二二(アイカギ)、 ・ 〇◎、コノカギハイシヤトシカテニギルコトゾ。一二◎(ひつくのかみ)、七月の二十八日。


第二十三帖 (六五)
世が引繰り返って元の神世に返るといふことは、神々様には分って居れど、世界ところどころにその事知らし告げる神柱あるなれど、最後のことは 九(こ)の神でないと分らんぞ。この方は天地をキレイに掃除して天の大神様にお目にかけねば済まぬ御役であるから、神の国の臣民は神の申す様にして、天地を掃除して てんし様に奉らなならん御役ぞ。江戸に神早う祀りて呉れよ、仕組通りにさすのであるから、臣民 我を去りて呉れよ。この方祀るのは天(あめ)のひつくの家ぞ、祀りて秋立ちたら、神いよいよ烈しく、臣民の性来(しょうらい)によって、臣民の中に神と獣とハッキリ区別せねばならんことになりて来たぞ、神急けるぞ。七月の三十日、ひつ九のか三。


第二十四帖 (六六)
一が十にと申してありたが、一が百に、一が千に、一が万になるとき いよいよ近づいたぞ。秋立ちたらスクリと厳しきことになるから、神の申すこと一分一厘ちがはんぞ。改心と申すのは、何もかも神にお返しすることぞ、臣民のものといふもの何一つもあるまいがな、草の葉一枚でも神のものぞ。七月の三十日、ひつくのか三。


第二十五帖 (六七)
今度の戦で何もかも埒ついて仕まふ様に思うてゐるが、それが大きな取違ひぞ、なかなかそんなチョロッコイことではないぞ、今度の戦で埒つく位なら、臣民でも致すぞ。今に戦も出来ない、動くことも引くことも、進むことも何うすることも出来んことになりて、臣民は神がこの世にないものといふ様になるぞ、それからが、いよいよ正念場ぞ、まことの神の民と獣とをハッキリするのはそれからぞ。戦出来る間はまだ神の申すこときかんぞ、戦出来ぬ様になりて、始めて分かるのぞ、神の申すこと、ちっとも違はんぞ、間違ひのことなら、こんなにくどうは申さんぞ。神は氣(け)もない時から知らしてあるから、いつ岩戸が開けるかと云ふことも、この神示(ふで)よく読めば分かる様にしてあるのぞ、改心が第一ぞ。七月の三十日、ひつくのか三のふで。


第二十六帖 (六八)
神の国を真中にして世界分けると申してあるが、神祀るのと同じやり方ぞ。天(あめ)のひつくの家とは天のひつくの臣民の家ぞ。天のひつくと申すのは天の益人のことぞ、江戸の富士と申すのは、ひつくの家の中に富士の形作りて、その上に宮作りてもよいのぞ、仮でよいのぞ。こんなに別辞(ことわけ)てはこの後は申さんぞ。小さい事はサニワで家来の神々様から知らすのであるから、その事忘れるなよ。仏(ぶつ)も耶蘇(やそ)も、世界中まるめるのぞ。喧嘩して大き声する所にはこの方鎮まらんぞ、この事忘れるなよ。七月の三十一日、一二◎。


第二十七帖 (六九)
この方は祓戸(はらへど)の神とも現はれるぞ。この方祀るのは富士に三と所、@海に三と所、江戸にも三と所ぞ、奥山、中山、一の宮ぞ。富士は、榛名(はるな)に祀りて呉れて御苦労でありたが、これは中山ぞ、一の宮と奥の山にまた祀らねばならんぞ、@海の仕組も急ぐなれどカイの仕組早うさせるぞ。江戸にも三と所、天明の住んでゐるところ奥山ぞ。あめのひつくの家、中山ぞ、此処が一の宮ざから氣つけて置くぞ。この方祀るのは、真中に神の石鎮め、そのあとにひもろぎ、前の右左にひもろぎ、それが「あ」と「や」と「わ」ぞ、そのあとに三つ七五三とひもろ木立てさすぞ。少しはなれて四隅にイウエオの言霊石 置いて呉れよ。鳥居も注連(しめ)もいらぬと申してあろがな、このことぞ。この方祀るのも、役員の仕事も、この世の組立も、みな七七七七と申してきかしてあるのには氣がまだつかんのか、臣民の家に祀るのは神の石だけでよいぞ、天のひつくの家には、どこでも前に言ふ様にして祀りて呉れよ。江戸の奥山には八日、秋立つ日に祀りて呉れよ、中山九日、一の宮には十日に祀りて呉れよ。氣つけてあるのに神の神示(ふで)よまぬから分らんのぞ、このこと、よく読めば分るぞ。今の様なことでは神の御用つとまらんぞ、正直だけでは神の御用つとまらんぞ。裏と表とあると申して氣つけてあろがな、シッカリ神示読んで、スキリと腹に入れて呉れよ、よむたび毎に神が氣つける様に声出してよめば、よむだけお蔭あるのぞ。七月の三十一日、一二◎。

 

註:天明先生が当時住んでいたのは千駄ヶ谷の鳩森八幡と思われます。

 どこへ移住してもそこが奥山、という事でしょうけれど、参考に。

 1897年 吉備(岡山)の倉敷(当時は浅口郡)玉島にて生誕

 1914年 神戸に転居

 1946年 千葉県印旛郡公津村台方 (天日津久神社近く)に転居。

 1953年 岐阜に転居

 1955年 北伊勢の菰野「至恩郷」に転居


第二十八帖 (七〇)
またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動が出来るから、くどう氣つけてゐるのざ、さあといふ時になりてからでは間に合はんぞ、用意なされよ。戦の手伝ひ位なら、どんな神でも出来るのざが、この世の大洗濯は、われよしの神ではよう出来んぞ。この方は元のままの身体(からだ)持ちてゐるのざから、いざとなれば何んなことでもして見せるぞ。仮名ばかりの神示と申して馬鹿にする臣民も出て来るが、仕まひにはその仮名に頭下げて来ねばならんぞ、かなとは◎(カミ)の七(ナ)ぞ、神の言葉ぞ。今の上の臣民、自分で世の中のことやりてゐるように思うているが、みな神がばかして使ってゐるのに氣づかんか、気の毒なお役も出て来るから、早う改心して呉れよ。年寄や女や盲、聾ばかりになりても、まだ戦やめず、神の国の人だねの無くなるところまで、やりぬく悪の仕組もう見て居れんから、神はいよいよ奥の手出すから、奥の手出したら、今の臣民ではようこたえんから、身魂くもりてゐるから、それでは虻蜂取らずざから、早う改心せよと申してゐるのぞ、このことよく心得て下されよ、神せけるぞ。八月二日、ひつ九のか三。


第二十九帖 (七一)
神の土出ると申してありたが、土は五色の土ぞ、それぞれに国々、ところどころから出るのぞ。白、赤、黄、青、黒の五つ色ぞ、薬のお土もあれば喰べられるお土もあるぞ、神に供へてから頂くのぞ、何事も神からぞ。八月二日、一二◎。


第三十帖 (七二)
八のつく日に氣つけて呉れよ、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。冬に桜咲いたら氣つけて呉れよ。八月二日、ひつくのかみ。