超革新ひふみ神示

超革新ひふみ神示

ひふみ神示は、金をかけて先入観を植え付けようとする勢力を称賛などしてません。 「神で食うて行くことならん」ともあります。 虚心坦懐に読んでみてください。

日月神示 第七巻「日の出の巻」 1~10帖

昭和19年12月1日(1944年)昭和19年12月29日(1944年)

は○の中に 。環境依存文字

@は絵文字で渦。「の」と同じ方向巻き。

 

第一帖 (二一四)
春とならば萌(もえ)出づるのざぞ、草木許りでないぞ、何もかも もえ出づるのぞ、此の方の申す事 譬(たとへ)でないと申してあろが、少しは会得(わか)りたか。石もの云ふ時来たぞ、此の道 早く知らして呉れよ、岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、那岐(なぎ)、那美(なみ)の尊の時、天照大神の時、神武天皇の時、仏来た時と、大切なのは須佐之男神様に罪着せし時、その五度の岩戸閉めであるから此の度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ。愈々きびしく成ってきたが此れからが正念場ざぞ、否でも応でも裸にならなならんぞ、裸程結構なもの無い事 始めて会得(わか)りて来るぞ。十二月一日、一二

 

「石もの云ふ」参考:世界中で、ペトログリフ(岩刻絵文字)と呼ばれるものが見つかっており、線1本はア、2本はオ、3本はウ、4本はエ、5本はイと読むそうです。フェニキア人がイベリア系ケルト人を連れて行った所に多いらしく、ケルトにはオガム文字というものもあります。日本では下関の彦島のものが有名。

 また「沖縄のロゼッタストーン」というものが沖縄県立美術館などにあります。

「2008年までに13枚発見され、1枚紛失しているので、現存は12枚ですが、戦後に米軍が144枚没収したともいわれています。」だそうです。

 

第二帖(二一五)
九歳(とし)は神界の紀(もと)の年ぞ、神始めの年と申せよ。一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)ぞ、五の歳は子の歳ざぞよ。取違ひせん様にせよ。月日の巻 十人と十人の役員に見せてやりて呉れよ、時節到来したのであるぞ。桜咲き神の御国は明けそめにけり。十二月二日、ひつ九のか三しらす

 

第三帖 (二一六)
次の世とは月の世の事ざぞ、一二(ひつき)の月の世ぞ、◎☽(絵文字の月)の月の世ぞ、取違ひせん様に致して呉れよ。智や学がありては邪魔になるぞ、無くてもならぬ六ヶ敷い仕組ぞ、月の神様 祀りて呉れよ、素盞鳴(すさなる)の神様 祀りて呉れよ、今に会得(わか)る事ぞ、日暮よくなるぞ、日暮(一九れ)に祀り呉れよ、十柱揃ふたら祀り呉れいと申してあらうがな、神せけるのざぞ。十二月二日、ひつくのかみふで。

 

第四帖 (二一七)
旧十月八日、十八日、五月五日、三月三日は幾らでもあるぞと申してあろが、此の日は臣民には恐い日であれど神には結構な日ざぞと申してあろが、神心になれば神とまつはれば神とあななへば臣民にも結構な日となるのぞ。其の時は五六七(みろく)の世となるのざぞ。桜花(さくらばな)一度にどっと開く世となるのざぞ、神激しく臣民静かな御代となるのざぞ、日日(ひにち)毎日富士晴れるのざぞ、臣民の心の富士も晴れ晴れと、富士は晴れたり日本晴れ、心晴れたり日本晴れぞ。十二月二日、ひつくのかみ。

 

第五帖 (二一八)
右(みぎり)に行かんとする者と左りに行かんとするものと結ぶのが@の神様ぞ、@の神様とは素盞鳴の大神様ざぞ、この御用(おんはたらき)によりて生命あれるのぞ、力生れるのぞ、@がまつりであるぞ、神国の祀り@であるぞ、神はその全き姿ぞ、神の姿ぞ。男の魂は女、女の魂は男と申して知らしてあろがな。十二月三日、ひつ九のかみ。

 

第六帖 (二一九)
神界の事は人間には見当取れんのであるぞ、学で幾ら極め様とて会得(わか)りはせんのざぞ、学も無くてはならぬが囚はれると悪となるのざぞ、しもの神々様には現界の事は会得りはせんのざぞ、会得らぬ神々に使はれてゐる肉体気の毒なから身魂磨け磨けと執念(くどう)申してゐるのざぞ。三、四月に氣つけて呉れよ、どえらい事出来るから何うしても磨いておいて下されよ、それまでに型しておいて呉れよ。十二月五日、ひつ九のかみ。

 

第七帖 (二二〇)
おろしやにあがりておりた極悪の悪神、愈々神の国に攻め寄せて来るぞ。北に氣つけと、北が愈々のキリギリざと申して執念(くどう)氣つけてありた事近ふなりたぞ。神に縁深い者には、深いだけに見せしめあるのざぞ。国々もその通りざぞ、神には依怙(えこ)無いのざぞ。ろしあの悪神の御活動と申すものは神々様にもこれは到底かなはんと思ふ様に激しき御力ぞ。臣民と云ふものは神の言葉(こと)は会得らんから悪神の事に御とつけるのは会得らんと申すであろが、御とは力一杯の事、精一杯の事を申すのであるぞ。何処から攻めて来ても神の国には悪神には分らん仕組致してあるから、心配ないのざぞ、愈々と成りた時には神が誠の神力出して、天地ゆすぶってトコトン降参ざと申す処までギュウギュウと締めつけて、万劫末代いふ事聞きますと改心する処までゆすぶるから、神の国、神の臣民 心配致すでないぞ、心大きく御用して呉れよ、何処に居ても御用してゐる臣民助けてやるぞ。十二月六日、ひつ九か三。

 

第八帖 (二二一)
一二三(ひふみ)の食物(たべもの)に病無いと申してあろがな、一二三の食べ方は一二三唱(十七)へながら噛むのざぞ、四十七回噛んでから呑むのざぞ、これが一二三の食べ方頂き方ざぞ。神に供へてから此の一二三の食べ方すれば何んな病でも治るのざぞ、皆の者に広く知らしてやれよ。心の病は一二三唱へる事に依りて治り、肉体の病は四十七回噛む事に依りて治るのざぞ、心も身も分け隔て無いのであるが会得る様に申して聞かしてゐるのざぞ、取り違い致すでないぞ。日本の国は此の方の肉体と申してあろがな、何んな宝もかくしてあるのざぞ、神の御用なら、何時でも、何んなものでも与へるのざぞ、心大きく持ちてどしどしやりて呉れよ。集団(まどい)作るなと申せば、ばらばらでゐるが裏には裏あると申してあろが、心配(こころくば)れよ。十二月七日、ひつくのかみふで。

 

第九帖 (二二二)
人、神とまつはれば喜悦(うれ)しうれしぞ、まつはれば人でなく神となるのぞ、それが真実(まこと)の神の世ぞ、神は人にまつはるのざぞ、 ・ と〇と申してあろが、戦も ・ と〇と壊し合ふのでは無いぞ、 ・ と〇とまつらふことぞ、岩戸開く一つの鍵ざぞ、和すことぞ、神国真中に和すことぞ。それには〇掃除せなならんぞ、それが今度の戦ぞ、戦の大将が神祀らねばならんぞ。二四(にし)は剣(つるぎ)ざぞ。神まつりは神主ばかりするのではないぞ、剣と鏡とまつらなならんぞ、まつはればタマとなるのざぞ。タマなくなってゐると申して知らせてあろがな、政治も教育も経済の大将も神祀らねばならんのぞ。天の天照皇大神様は更なり、天の大神様、地(くに)の天照大神様、天照皇太神様、月の神様、特に篤く祀り呉れよ、月の大神様 御出でまして闇の夜は月の夜となるのざぞ。素盞鳴の大神様も篤く祀りて呉れよ、此の神様には毎夜毎日御詑びせなならんのざぞ、此の世の罪穢(つみけがれ)負はれて陰から守護されて御座る尊い御神様ぞ、地の御神様、土の神様ぞ、祓ひ清めの御神様ぞ、国々の産土の神様 祀り呉れよ、遅くなればなる程 苦しくなるのざぞ、人ばかりでないぞ。十二月八日、ひつ九のか三。

 

第十帖 (二二三)
桜咲き神の御国は明けそめにけり。十月になったらぼつぼつ会得るぞと申してあろがな。叩(はたき)かけてばたばたと叩く処もあるぞ、箒(ほうき)で掃く処もあるぞ、雑巾かけしたり水流す処もあるのざぞ、掃除始まったらばたばたに埒(らち)つくと申してあろがな、めぐりだけの事は、今度は何うしても借銭無しにするのざぞ、花咲く人もあるぞ、花散る人もあるぞ。あめのひつ九のかミの御神名書かすぞ、それを皆の者に分けてやれよ。聴き度い事はサニワで聞けよ、何んなことでも聞かしてやると申してあろがな、神せけるぞ。火吹くぞ。火降るぞ。十二月十日、ひつくのか三。

 

日月神示 全文

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