超革新ひふみ神示

ひふみ神示は、金をかけて先入観を植え付けようとする勢力を称賛などしてません。 「神で食うて行くことならん」ともあります。 虚心坦懐に読んでみてください。

ひふみ神示 第二十四巻「黄金の巻」51~60帖

昭和24年11月17日(1949年) ~昭和25年1月18日(1950年)


第五十一帖(五六二)
喜べよ。よろこびは弥栄のたね蒔くぞ。祈りは実行ぞ。云はねばならんし、云へば肉体が申すやうに思っておかげ落すし、判らんこと申すやうに、自分のものさしで測るし、学の鼻高さんには神も閉口。(十二月七日)一二十


第五十二帖(五六三)
何も知らんものが出て来て邪魔するぞ。余程しっかり致しくれよ。邪魔も御役ながら、時と所によりけり。神徳積んだら人の前に自分かくせるやうになるぞ。頭に立つ者 力かくせよ。昨日より今日、今日より明日と、一歩一歩 弥栄えよ。一足飛び、見てゐても危ない。早く判れば後戻りさせねばならず、判らんで後押しせねばならず、少しの時の早し遅しはあるなれど、何れは神示通りに出て来るぞ。想念は形式をもって始めて力出るぞ。(十二月七日)一二十


第五十三帖(五六四)
物も神として仕へば神となるぞ。相談と申せば人民ばかりで相談してゐるが、神との相談結構ぞ。神との相談は神示(フデ)よむことぢゃ。行き詰ったら神示(フデ)に相談せよ。神示(フデ)が教へて、導いてくれるぞ。罪を憎んでその人を憎まずとは悪のやり方、神のやり方はその罪をも憎まず。生活が豊かになって来るのが正しい理(ミチ)ぞ。行き詰ったら間違った道歩いてゐるのざ。我では行かん。学や金ではゆかん。マコトの智一つと申してあらう。(十二月七日)一二十


第五十四帖(五六五)
目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入られるぞ。心せよ。雨、風、岩、いよいよ荒れの時節ぢゃ。世界に何とも云はれんことが、病も判らん病がはげしくなるぞ。食ふべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。悪を消化する胃袋、早うせねば間に合はん。梅干大切心の。五十二才 二(ツキ)の世の始。五十六才七ヶ月 みろくの世。(十二月七日)一二十

 

岡本天明先生は1897年12月4日生まれという事ですから

 52才は1949年12月4日。数え年なら1948年1月1日。

 この黄金(こがね)の巻が始まった時はツキの世

 という事になります。天明先生の年齢を指すのであれば。

 56才は1953年12月4日、+7ヵ月は1954年7月4日頃?

 数え年なら1952年8月1日頃からみろくの世?

 どちらにしろ、ひふみ神示補巻「月光の巻」が

 はじまる前にはみろくの世に入っている事になりそうです。

 

第五十五帖(五六六)
今度 集まっても、まとまりつくまいがな。世界の型出して実地に見せてあるのぢゃ。骨が折れるなれど実地に見せねばならんし、まとまらんのを纏めて、皆がアフンの仕組、氣のつく人民 早う元へかへりて下されよ。心に誠あり、口にまこと伝へるとも実行なきもの多いぞ。偽りに神の力は加はらない。偽善者 多いのう。祈り行じて洗濯すれば皆世界のサニワにもなれる結構なミタマばかり。死産の子も祀らねばならん。(十二月七日)一二十


第五十六帖(五六七)
逆怨みでも怨みは怨。理屈に合はんでも飛んだ目に会ふぞ。今迄の教では立ちて行かん。生れ替らねば人も生きては行かれん。平等愛とは、差別愛のことぞ。公平と云ふ声に騙されるなよ。数で決めるなと申してあらうがな。群集心理とは一時的の邪霊の憑きものぞ。上から乱れてゐるから下のしめしつかん。われよしのやり方では世は治まらん。(十二月七日)一二十


第五十七帖(五六八)
仲よしになって道伝へよ。道を説けよ。一切を肯定して二九(ジク)を伝へよ。悪神かかりたなれば自分では偉い神様がうつりてゐると信じ込むものぞ。可哀さうなれど それも己の天狗からぞ。取違ひからぞ。霊媒の行見ればすぐ判るでないか。早う改心せよ。霊のおもちゃになってゐる者多い世の中、大将が誰だか判らんことになるぞ。先生と申してやれば皆先生になって御座る。困ったものぞ。(十二月七日)一二十


第五十八帖(五六九)
神々の数は限りないのであるが、一柱づつ御名を称(タタ)へてゐては限りないぞ。大日月㊉(オオヒツキ。㊉は〇の中に十)の大神と称へまつれ。総ての神々様を称へまつることであるぞ。日は父、月は母、㊉(キ)は自分であるぞ。自分拝まねば どうにもならんことになって来るぞ。一日が千日になったぞ。(十二月七日)一二十

 

第五十九帖(五七〇)
 ・ (テン)忘れるなよ。世を捨て、肉をはなれて天国近しとするは邪教であるぞ。合せ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ。迷信であるぞ。金で世を治めて、金で潰して、地固めして みろくの世と致すのぢゃ。三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。少し遅れると人民は、神示は嘘ぢゃと申すが、百年もつづけて嘘は云へんぞ。申さんぞ。(十二月七日)一二十


第六十帖(五七一)
ここはいと古い神まつりて、いと新しい道ひらくところ。天狗さん鼻折りて早う奥山に詣れよ。この世の仕事が あの世の仕事。この道理判らずに、この世の仕事すてて、神の為ぢゃと申して飛廻る鼻高さん、ポキンぞ。仕事仕へまつれよ。徳つめばこそ天国へ昇るのぢゃ。天国に行く人、この世でも天国にゐるぞ。キタはこの世の始めなり。(十二月七日)一二十